プログラム・リスク統合管理表のテンプレート
プロジェクトが5本あれば、リスク表も5つあります。それぞれのPMがきちんと管理していて、どのPJも「大きなリスクはありません」と報告してくる。それなのに、プログラム全体では大きな問題が起きる。
これは、プログラムマネジメントでとてもよく起きることです。原因は、各PJが自分の範囲しか見ていないことにあります。それを補うのが、プログラム・リスク統合管理表です。
この記事では、各PJのリスクを束ねるのではなく、つなぎ合わせて評価しなおすための表を紹介します。
■ 背景・よくある課題
複数PJのリスクを扱うとき、次のようなことが起きます。
よくある状態 | なぜ起きるか | その結果 |
|---|---|---|
どのPJも「小」と評価している | 自分のPJへの影響しか見ていない | 足し合わせると「大」なのに誰も気づかない |
同じリスクが5本の表に別々に載っている | PJごとに言葉づかいが違い、同じだと気づけない | 対策が5通り走り、どれも中途半端になる |
評価の基準がPJごとに違う | 「大」の定義を決めていない | PJ間でリスクの大きさを比べられない |
PJ完了時にリスクが消える | 引き継ぎ先が決まっていない | 運用に移った後で同じ問題が起きる |
予備費を使う判断ができない | リスクと金額がひもづいていない | 問題が起きてからあわてて予算を探す |
一番こわいのが、1つめの共通原因リスクです。下の図を見てください。

建設業の北斗建設が進める施工管理DXプログラムでは、4本のPJがどれも「現場ネットワークの工事が遅れるかも」というリスクを、自分の分だけ見て「小」と評価していました。しかし現場ネットワーク整備(C5)は全4本の土台です。遅れれば4本すべてが止まり、影響額は最大1億8,000万円になります。
各PJの評価はまちがっていません。まちがっているのは、足し算をする人がいなかったことです。それをやるのがPgMであり、そのための道具がリスク統合管理表です。
■ テンプレートの全体像
プログラム・リスク統合管理表は、次の13項目で作ります。
# | 項目 | 書くこと |
|---|---|---|
1 | リスクID | PR-01のようにプログラム用の連番。PJのIDとは別体系にする |
2 | リスク名 | 25字以内。「〜のおそれ」で終える形にそろえる |
3 | 原因 | 何が引き金になるか。ここが同じなら同じリスクとして1行にまとめる |
4 | 影響するPJ | C1・C2…。ここが2つ以上ならプログラムで持つ |
5 | 影響するベネフィット | B-01などのID。ここが埋まるリスクを最優先にする |
6 | 発生可能性 | 高(50%超)/中(20〜50%)/低(20%未満) |
7 | 影響額 | 起きたときに追加で必要になる金額(万円) |
8 | 影響期間 | 起きたときに延びる月数 |
9 | 統合影響度 | 影響額と期間から決める。基準は次の節で示す |
10 | 対応方針 | 回避/低減/転嫁/受容 |
11 | 対応策と期限 | 誰がいつまでに何をするか |
12 | 引当予備費 | このリスクのために確保しておく金額 |
13 | オーナー | このリスクに責任をもつ個人名。多くはPgMか業務部門の役員 |
PjMのリスク管理表との一番の違いは、4・5・12の3項目です。「どのPJにまたがるか」「どのベネフィットに効くか」「いくら取っておくか」——この3つがプログラム特有の欄です。
■ 影響度の基準をそろえる
PJごとに「大」の感覚が違うと、表を並べても比べられません。プログラムの開始時に、全PJ共通の基準を決めます。北斗建設の例です。
統合影響度 | 影響額 | 影響期間 | ベネフィットへの影響 | 報告先 |
|---|---|---|---|---|
大 | 5,000万円以上 | 3か月以上 | 目標未達になる | 運営委員会(毎月) |
中 | 1,000万〜5,000万円 | 1〜3か月 | 達成が遅れる | 推進会議(隔週) |
小 | 1,000万円未満 | 1か月未満 | 影響なし | PJ内で管理 |
3つの列のうち1つでもあてはまれば、その行の評価になります。金額は小さくても、ベネフィットの目標未達につながるなら「大」です。プログラムは効果を出すために動いているので、この扱いが自然です。
■ 記入例:北斗建設「施工管理DXプログラム」
北斗建設(年商480億円・同時進行の現場124か所・協力会社380社)が進める施工管理DXプログラム(2025年4月〜2028年3月、承認枠11億6,000万円、構成PJ5本)の、2025年9月時点のリスク統合管理表です。18件のうち「大」の6件を紹介します。
ID | リスク名 | 影響PJ | 可能性 | 影響額 | 期間 | 対応策 | 引当 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
PR-01 | 現場の通信環境が想定より悪く利用が進まないおそれ | C1・C2・C5 | 高 | 6,200万円 | 4か月 | 124現場を電波強度で3区分し、弱い38現場に中継機を先行設置 | 2,400万円 |
PR-04 | 現場ネットワーク整備が遅れるおそれ | C1・C2・C3・C4 | 中 | 1億8,000万円 | 6か月 | C5を最優先とし、着工の遅れを週次で監視。3週遅れで警報を出す | 3,000万円 |
PR-07 | 協力会社380社の利用が広がらないおそれ | C1・C4 | 高 | — | — | 上位80社に個別説明会。利用率50%未満ならC4の仕様を見直す | 800万円 |
PR-09 | 現場所長が紙の日報をやめられないおそれ | C1・C3 | 高 | — | — | 12現場で先行運用し、成功した所長を推進役にする | 600万円 |
PR-12 | C2とC3で工事番号の持ち方が合わないおそれ | C2・C3 | 中 | 4,800万円 | 3か月 | 2026年3月までに共通マスタの設計を確定させる | 1,200万円 |
PR-15 | 建設資材の高騰で現場側の投資余力が落ちるおそれ | 全体 | 中 | — | — | 四半期ごとに投資計画を見直す。C4の着手時期を調整弁にする | — |
PR-07・PR-09・PR-15は、金額では測れないリスクです。それでも「大」に入っています。ベネフィット(現場事務作業を週14時間から週5時間へ)が達成できなくなるからです。金額が書けないリスクを落とさないことが、プログラムのリスク管理では特に大事になります。
引当予備費の合計は8,000万円。プログラム予備費9,280万円のうち86%をこの6件で押さえていることになります。残りの12件(中8・小4)には、1,280万円しか残っていません。この数字を見て「PR-04の3,000万円は多すぎないか」と議論できるのが、この表の価値です。
■ 運用ルール
タイミング | やること | 誰が |
|---|---|---|
隔週の推進会議 | 各PJから上がってきたリスクを確認し、統合するか差し戻すかを決める | PgM・PM |
月1回 | 「大」の6件を全件レビュー。対応策の進み具合を確認する | PgM・PMO |
月1回(運営委員会) | 「大」のうち、判断や支援が必要なものを報告する | PgM |
四半期 | 共通原因の洗い出し。全PJのリスクを原因の欄で並べ替え、重なりを探す | PgM・PMO |
PJ完了時 | そのPJのリスクの引き継ぎ先を決める。運用部門かプログラムか | PgM・PM |
四半期の共通原因の洗い出しが、この表の一番おいしいところです。やり方は簡単で、全PJのリスクを「原因」の欄で並べ替えるだけです。同じ原因の行が2つ以上あれば、それは共通原因リスクの候補です。北斗建設のPR-04も、この作業で見つかりました。
■ 活用シーン
予備費の配分を決めるとき:引当の合計が予備費を超えていないかを確認します。超えていたら、受容に切り替えるリスクを選びます。
PJの優先順位を決めるとき:多くのPJが依存しているPJ(北斗建設ならC5)を、資源配分で優先します。
ステージゲート審査で:「大」のリスクが未対応のまま次に進むかどうかを、この表で議論します。
新しいPJを追加するとき:既存のリスクのうち、どれが新PJにも効くかを確認します。
■ よくある失敗と直し方
失敗 | 何が起きるか | 直し方 |
|---|---|---|
各PJのリスク表を全部集めて貼る | 100行を超え、共通原因が埋もれる | 影響PJが2つ以上のものだけを上げる。残りはPJに戻す |
影響度の基準がPJごとに違う | 並べても比べられない | 開始時に3段階の共通基準を決め、憲章に書いておく |
金額が書けないリスクを落とす | 定着しないリスクが見えなくなる | ベネフィットへの影響でも「大」と評価できるようにする |
引当予備費を書いていない | 問題が起きてから予算を探すことになる | 「大」のリスクには必ず金額を割り当て、合計が予備費内か確認する |
オーナーがPgM一人に集中 | 対応が回らない | 業務部門のリスクは、その部門の役員をオーナーにする |
PJ完了でリスクを消す | 運用開始後に再発する | 完了時に引き継ぎ先を必ず決める。決まらないならPgMが持つ |
■ 導入効果
北斗建設では、PJごとのリスク管理に統合管理表を足した結果、次のように変わりました。
項目 | 導入前 | 導入後 |
|---|---|---|
プログラムで管理するリスク件数 | 各PJの合計 94件 | 18件 |
共通原因リスクとして見つかった件数 | 0件 | 5件 |
リスクが現実になってから対応を始めるまで | 平均3週間 | 平均4日 |
予備費の使用が計画外だった割合 | — | 18%(残りは引当済みのリスクから) |
運営委員会でのリスク報告時間 | 30分 | 12分 |
「共通原因リスクが5件見つかった」というのが、一番の成果です。導入前も同じリスクはそこにありました。見えていなかっただけです。
■ まとめ
プログラム・リスク統合管理表は、各PJの表を束ねるものではなく、つなぎ合わせて評価しなおすための表です。
各PJが「小」と評価していても、原因が同じなら足し算して「大」になることがあります(共通原因リスク)。
影響度の基準はプログラム開始時に全PJ共通で決めます。金額・期間・ベネフィットのどれか1つでもあてはまれば、その評価です。
金額に換算できないリスクこそ、ベネフィットへの影響で評価して落とさないようにします。
四半期に1回、全PJのリスクを「原因」で並べ替えます。この作業だけで共通原因が見つかります。
次回は、問題が起きたときに誰へ上げるかをあらかじめ決めておく「エスカレーション基準表」のテンプレートを紹介します。