ステージゲート定義書のテンプレート
プログラムは1〜3年続きます。その間に前提は必ず変わります。にもかかわらず、多くのプログラムには「やめる/いったん止める」という判断の場がありません。会議はあるのですが、そこで出る結論は「進めます」か「進めますが気をつけます」の2つだけです。
この記事では、ステージゲート定義書のテンプレートを紹介します。ポイントは、どのゲートでも問うことを3つに固定することと、HoldとStopを結論の選択肢に入れることです。記入例は、ノヴァモバイル(架空)の「顧客基盤刷新プログラム」です。
■ 1. 背景・よくある課題
よくある状態 | 何が起きるか |
|---|---|
ゲートがフェーズの区切りにしか無い | フェーズの途中で前提が崩れても、次の区切りまで止まらない |
結論がGoと条件付きGoしかない | 止める判断ができず、報告会になる |
通過条件が「品質が十分であること」など定性的 | その場の空気で通ってしまう |
条件付きGoの条件が記録されていない | 次のゲートで、前回の条件が忘れられている |
ベネフィットを見ずに進捗だけを見る | 計画どおりに作っているが、価値が無くなっていることに気づけない |
判定者が会議体ではなく個人 | 止める判断が、個人への批判になってしまう |
とくに2つめが本質です。HoldとStopが選択肢に無いゲートは、ゲートではありません。止める選択肢を最初から用意しておくことが、ゲートを機能させる条件になります。
■ 2. テンプレート作成の目的
目的 | 具体的にどうなることか |
|---|---|
問いを3つに固定する | 価値・実現可能性・余力の3点を、毎回同じ順で確認する |
結論を4つに限る | Go/条件付きGo/Hold/Stop。それ以外を作らない |
通過条件を数字にする | 「品質が十分」ではなく「不具合密度0.25件/KStep以下」 |
ベネフィットを必ず見る | 進捗だけでなく、価値がまだあるかを確認する |
判定を会議体に置く | 止める判断を、個人ではなく組織の決定にする |
■ 3. ゲートの置き方

ゲートは、フェーズの切れ目に置きます。プログラムの規模にもよりますが、4〜5枚が目安です。多すぎると準備だけで手が取られます。
ゲート | 時期 | 主に決めること | 判定者 |
|---|---|---|---|
G0 立ち上げ | 構想の終わり | プログラムとして始めるか。憲章の承認 | 取締役会 |
G1 計画承認 | 計画の終わり | この計画で進めるか。投資枠の確定 | 取締役会 |
G2 投資判断 | 設計の終わり(構築着手の前) | いちばん大きな支出の前に、続けるか | 取締役会 |
G3 稼働判定 | 各構成プロジェクトの稼働前 | 本番に出してよいか | 運営委員会 |
G4 終結 | ベネフィット測定の後 | プログラムを終えるか、延長するか | 取締役会 |
このうちG2が最も重要です。構築フェーズに入ると支出が一気に増えるため、その直前が「引き返せる最後の機会」になります。ノヴァモバイルでは、G2の資料に「ここで止めた場合の損失額」を必ず記載するルールにしています。
■ 4. どのゲートでも問う3つのこと
問い | 確認すること | 見る帳票 |
|---|---|---|
① まだ価値があるか | 前提は変わっていないか。ベネフィットの目標は、いまも達成に値するか | ベネフィット定義書、憲章の前提条件 |
② できる見込みがあるか | 技術・要員・依存関係の面で、次のフェーズをやりきれるか | 要員配分計画、依存関係管理表、RAIDログ |
③ 続ける余力があるか | 投資枠と要員は足りるか。他により良い使い道は無いか | 財務トラッキング表、EAC、予備費の残額 |
①を毎回問うのが、プログラムのゲートの特徴です。プロジェクトのゲートは「計画どおり作れているか」を見ますが、プログラムのゲートは「そもそも作る価値がまだあるか」を見ます。
■ 5. 通過条件の書き方
条件は、必須と望ましいに分け、数字で書きます。
書き方 | |
|---|---|
△ 避けたい | 設計の品質が確保されていること |
○ 望ましい | 基本設計書のレビュー指摘が全件クローズし、うち仕様の解釈違いによる指摘が20件以下であること |
△ 避けたい | ベネフィットの実現が見込めること |
○ 望ましい | ベネフィット定義書の前提3項目がすべて成立しており、中間目標に対する見込みが80%以上であること |
■ 6. 記入例:G2(投資判断)の定義
ノヴァモバイル(年商88億円・従業員320名・契約62万回線・法人顧客4,800社)の「顧客基盤刷新プログラム」での、G2の定義です。
項目 | 内容 |
|---|---|
時期 | C1の基本設計完了時(2025年1月)/構築フェーズの着手前 |
判定者 | 取締役会(議長:代表取締役) |
準備する資料 | ①ベネフィットの見込み ②EACと投資枠 ③依存関係の赤の一覧 ④ここで止めた場合の損失額 |
提出期限 | ゲートの5営業日前 |
通過条件
区分 | 条件 | 判定 | 根拠 |
|---|---|---|---|
必須 | 憲章の前提条件4項目が、すべて成立している | ○ | 契約回線数62万(前提55万以上)、規制変更なし |
必須 | EACが承認枠(5億8,000万円)以内 | ○ | EAC 5億5,200万円(枠の95.2%) |
必須 | 基本設計のレビュー指摘が全件クローズ | ○ | 指摘312件/クローズ312件 |
必須 | 仕様の解釈違いによる指摘が20件以下 | ○ | 14件(前回案件では設計段階でゼロ、受入テストで218件) |
必須 | 余裕1か月未満の依存が3本以下 | ○ | 2本(D-01、D-04) |
望ましい | 次フェーズの要員が、着手時点で90%確保 | × | 82%。ベンダーの1社が2月調達 |
望ましい | ベネフィット中間目標の見込みが80%以上 | ○ | 請求問い合わせの削減見込み 87% |
判定結果:条件付きGo。必須はすべて○。望ましいに1件×があるため、「ベンダー1社の調達を2月20日までに完了させること(担当:PgM)」を条件として記録し、3月の推進会議で確認することになりました。
■ 7. 結論の4つ
結論 | 条件 | 同じ場で決めること |
|---|---|---|
Go | 必須がすべて○ | 次のゲートの日程と、そこで見る数字 |
条件付きGo | 必須は○。望ましいに×があるか、必須が期限までに確実に○にできる | 誰が・いつまでに・何をするか。確認する会議体と日 |
Hold(一時停止) | 前提が崩れており、回復の見込みを判断できない | 再開の条件と、再判断の期限。その間の要員の扱い |
Stop(中止) | 前提が崩れ、回復の見込みが無い | 成果物の扱い、要員の行き先、契約の整理、残予算の返還 |
HoldとStopでは、その場で「次に何をするか」まで決めます。「いったん止めます」だけで終わると、要員が宙に浮き、再開の判断も誰もしなくなります。
■ 8. 運用ルール
ルール | 内容 | 理由 |
|---|---|---|
ゲートは4〜5枚に絞る | フェーズの切れ目にだけ置く | 多いと準備だけで手が取られる |
条件は数字で書く | 定性的な表現を使わない | その場の空気で通ってしまう |
資料は5営業日前に配る | 当日配布にしない | 読む時間が無いと、質問が出ない |
G2には「止めた場合の損失額」を書く | 続ける判断の材料として必ず出す | 止める選択肢を、具体的に検討できるようにする |
条件付きGoの条件を台帳に残す | 次のゲートで、前回の条件を必ず確認する | 条件が忘れられると、条件付きの意味が無い |
判定は会議体で行う | PgMや部門長個人の判断にしない | 止める判断が、個人への批判にならないようにする |
■ 9. よくある失敗と直し方
失敗 | 起きること | 直し方 |
|---|---|---|
結論がGoしかない | ゲートが報告会になる | HoldとStopを、定義書に明記する |
条件が定性的 | 空気で通る | 数字か成果物名で書き直す |
ベネフィットを見ていない | 価値が無いものを作り続ける | 「まだ価値があるか」を、毎回いちばん最初に問う |
ゲートが年1回しか無い | 前提の変化に1年気づけない | フェーズの切れ目ごとに置く。最低でも半年に1回 |
条件付きGoの条件が追跡されない | 条件が形だけになる | 台帳に残し、次のゲートの冒頭で確認する |
ゲートが多すぎる(8枚以上) | 準備の負担で、中身が薄くなる | 4〜5枚に絞り、残りは推進会議の確認事項にする |
■ 10. 導入効果
観点 | ゲートが無い/形だけのとき | 定義書を作ったとき |
|---|---|---|
結論の選択肢 | Goと条件付きGoの2つ | Go/条件付きGo/Hold/Stopの4つ |
通過の判断 | その場の空気 | 必須7項目の○×と、その根拠となる数字 |
価値の確認 | 進捗だけを見る | 前提条件とベネフィットの見込みを毎回見る |
大きな支出の前 | 流れで着手する | G2で、止めた場合の損失額と比べて判断する |
条件付きGoの条件 | 忘れられる | 台帳に残り、次のゲートで確認される |
■ まとめ
ステージゲートの目的は、進めることではなく判断できる状態を作ることです。そのために必要なのは、毎回同じ3つの問いと、4つの結論です。
いま運用しているゲートに「Hold」と「Stop」が無ければ、まずその2つを定義書に書き足してみてください。選択肢に無い結論は、決して出ません。