プログラム・ステークホルダーマップのテンプレート
プロジェクトのステークホルダー管理は「誰に、何を、どの頻度で伝えるか」を決める作業です。プログラムでは、そこにもう一段の問いが加わります。「誰の態度を、いつまでに、どこへ動かすか」です。
プログラムは1〜3年かかり、複数の部門の仕事のやり方を変えます。伝えるだけでは足りず、反対している人が協力に回るところまで持っていかないと、成果は出ません。この記事では、そのためのステークホルダーマップのテンプレートを紹介します。記入例は、みどり市役所(架空)の「自治体DX推進プログラム」です。
■ 1. 背景・よくある課題
よくある状態 | 何が起きるか |
|---|---|
関係者の一覧が、ただの名簿になっている | 連絡先は分かるが、どう接するかが決まらない |
影響度と関心度の2軸だけで整理している | 「関心は高いが反対している人」と「協力的な人」が同じ枠に入る |
現在の態度しか書いていない | どこへ動かしたいのかが無く、打ち手が決まらない |
プログラム全体でしか整理していない | 構成プロジェクトごとの温度差が見えない |
接点の担当者が決まっていない | 担当が決まっていない相手には、誰も連絡しない |
途中で更新していない | 1年前の整理のまま、実態とずれていく |
プロジェクトなら、2つめの問題はあまり起きません。期間が短く、関係者も限られるからです。プログラムでは、1年かけて態度が変わります。だから「今どこにいて、どこへ動かしたいか」を持つ必要があります。
■ 2. テンプレート作成の目的
目的 | 具体的にどうなることか |
|---|---|
態度を1本の軸で見る | 反対〜推進の5段階で、現在地を共通の言葉にする |
動かしたい先を決める | 全員を推進にしない。必要な位置だけを目標にする |
打ち手を態度に紐づける | 反対には対話、様子見には実績、中立には巻き込み |
接点の担当者を決める | 誰が、どの頻度で、どう接するかを個人名で決める |
構成プロジェクトごとの温度差を見る | 全体では協力的でも、特定のプロジェクトでは反対、を捉える |
■ 3. テンプレートの全体像
部品 | 形式 | 役割 | 更新の頻度 |
|---|---|---|---|
① ステークホルダー登録簿 | 1組織1行の表 | 立場・期待・懸念・態度・目標・接点を記録する | 四半期ごと |
② 態度マップ | 2軸の図 | 影響度×態度で並べ、現在地と目標を矢印で示す | 四半期ごと |
③ 関与マトリクス | 組織×構成プロジェクト | どのプロジェクトに、どの濃さで関わるかを表す | プロジェクトの増減時 |
④ 働きかけ計画 | 1件1行の表 | 誰が、いつまでに、何をするか | 月次 |
■ 4. 態度の5段階
態度は、次の5段階で表します。言葉をそろえておくと、会議で「あの人はどうですか」の答えが一致します。
段階 | 見分け方(行動で判断する) | 有効な打ち手 |
|---|---|---|
反対 | 会議で明確に異を唱える。代替案を出して押し返す | 1対1で懸念を聞く。反対の理由を仕様に反映できないか探る |
様子見 | 依頼しても動かない。「他部署が先に」と言う | 小さく早い成果を見せる。他部署の実績を伝える |
中立 | 聞けば答えるが、自分からは動かない | 役割を与えて巻き込む。会議体の正式メンバーにする |
協力 | 依頼すれば動く。期限を守る | 成果を可視化して返す。感謝を公式の場で伝える |
推進 | 自分から他部署に働きかける | 他の部署への働きかけを任せる。負荷をかけすぎない |
判断は発言ではなく行動でします。「協力します」と言いながら依頼に応じない人は、様子見です。逆に、会議で厳しい指摘をするが期限どおり資料を出す人は、協力です。
■ 5. 態度マップと、動かす先

この図で伝えたいのは、全員を「推進」にする必要はないということです。影響度が小さい相手を推進に変えるのは労力の無駄ですし、影響度が大きくても「協力」まで来れば十分な場合がほとんどです。
みどり市役所の例では、次のように目標を置いています。
ステークホルダー | 影響度 | 現在 | 6か月後の目標 | なぜその位置か |
|---|---|---|---|---|
市民課 課長 | 大 | 様子見 | 協力 | 対象手続きの利用件数が最も多い。協力が無いと展開が進まない |
保険年金課 課長 | 大 | 反対 | 中立 | 制度改正の繁忙期と重なる懸念。まず中立まで戻すのが現実的 |
情報政策課 課長 | 大 | 推進 | 推進(維持) | 発注元。すでに目標位置にある |
総務部長 | 中 | 中立 | 協力 | 部長会の議長。予算の説明で味方になってもらう |
議会(総務委員会) | 中 | 中立 | 中立(維持) | 中立で十分。過度な働きかけはかえって逆効果 |
支所(3か所) | 小 | 様子見 | 中立 | 運用が本庁と違う。意見を聞く場を設ければ中立になる |
職員組合 | 小 | 反対 | 反対(当面は維持) | 影響度が小さい。労力を他に振り、定期的な情報提供にとどめる |
職員組合の行に注目してください。反対のまま置いておくという判断も、立派な戦略です。影響度が小さい相手に労力を割くと、本当に動かすべき相手への時間が減ります。
■ 6. 登録簿の列構成
列 | 何を書くか | 書き方のコツ |
|---|---|---|
ID/組織・役職 | S-01、情報政策課 課長 | 人ではなく役職で管理する。異動に強い |
このプログラムでの立場 | なぜこの人が関係するのか | 「対象手続き14件の所管」のように具体的に |
影響度 | 大・中・小 | 基準は「この人が反対したら、プログラムが止まるか」 |
現在の態度 | 反対/様子見/中立/協力/推進 | 発言ではなく行動で判断する |
目標の態度と期限 | 協力(2025年9月まで) | 全員を推進にしない |
期待していること | この人がプログラムに望むこと | 本人の言葉をそのまま書く |
懸念していること | この人が心配していること | 空欄の人は、まだきちんと話せていない目印 |
関与する構成プロジェクト | C1、C3 など | プロジェクトごとの温度差を捉える |
接点(頻度・手段・担当) | 隔週・対面・PgM | 担当は必ず個人名で書く |
更新日 | 最後に見直した日 | 半年以上古い行は、実態とずれている |
関与する構成プロジェクトの列が、プログラム版ならではの欄です。みどり市役所の保険年金課長は、C1(電子申請)には反対でも、C2(内部事務標準化)には協力的でした。組織単位ではなく、プロジェクト単位で温度差を捉えると、打ち手が変わります。
■ 7. 働きかけ計画
目標を決めたら、そこへ動かすための具体的な行動を1件1行で書きます。
対象 | やること | 担当 | 期限 | 動かしたい先 |
|---|---|---|---|---|
保険年金課 課長 | 1対1で懸念を聞き、繁忙期(4〜6月)にテストを入れない計画に組み替える | PgM | 2025/2/28 | 反対→中立 |
市民課 課長 | C1の第1弾で、利用件数の多い3手続きを先行させ、効果を数字で示す | C1のPM | 2025/6/30 | 様子見→協力 |
総務部長 | 月次の部長会で、増えた分と減った分をセットで報告する | PgM | 毎月 | 中立→協力 |
支所(3か所) | 要件確認のヒアリングに参加してもらい、結果を必ず通知する | 業務リーダー | 2025/4/30 | 様子見→中立 |
保険年金課長への打ち手が、この表のいちばんのポイントです。反対の理由を計画に反映する——繁忙期にテストを入れない、という具体的な変更が、いちばん効きます。説得や説明では態度は変わりません。
■ 8. 運用ルール
ルール | 内容 | 理由 |
|---|---|---|
四半期に1回、全件を見直す | 態度の列を更新し、動いたかどうかを確認する | 1年前の整理は、実態とずれている |
態度は行動で判断する | 発言ではなく、依頼への応じ方で決める | 「協力します」は態度ではない |
全員を推進にしない | 影響度に応じて、必要な位置だけを目標にする | 労力は有限。本当に動かすべき相手に使う |
接点の担当は個人名で決める | 「情報政策課」ではなく「PgM 村瀬」 | 担当が決まっていない相手には、誰も連絡しない |
この表は限定公開にする | 態度の列は、本人が見ると関係が悪化する | PgMとPMO、運営委員会の一部に限る |
懸念の欄が空欄の人を減らす | 空欄=まだ本音を聞けていない目印として扱う | 懸念を知らないまま進めると、終盤に噴き出す |
5つめの限定公開は大事な注意点です。態度の評価は、本人が見れば気分の良いものではありません。共有範囲を最初に決めておき、報告資料には「働きかけ計画」の部分だけを載せる運用にしてください。
■ 9. よくある失敗と直し方
失敗 | 起きること | 直し方 |
|---|---|---|
名簿になっている | どう接するかが決まらない | 態度・目標・接点の3列を足す |
全員を推進にしようとする | 労力が分散し、肝心の相手が動かない | 影響度に応じて目標を変える。反対のまま置く判断もする |
説得で態度を変えようとする | 説明を重ねても動かない | 反対の理由を、計画そのものに反映する |
組織単位でしか見ていない | プロジェクトごとの温度差を見落とす | 関与マトリクスで、プロジェクト別に態度を持つ |
態度の列を全員に見せている | 関係が悪化する | 共有範囲を決め、報告には働きかけ計画だけを載せる |
更新していない | 実態とずれた前提で判断する | 四半期のレビューで、必ず全件を見直す |
■ 10. 導入効果
観点 | 名簿のとき | 態度マップにしたとき |
|---|---|---|
関係者の把握 | 誰がいるかは分かる | 誰がどの位置にいて、どこへ動かすかが分かる |
打ち手 | 「丁寧に説明する」 | 態度の段階ごとに、有効な打ち手が決まっている |
労力の配分 | 全員に同じだけ時間を使う | 影響度の大きい3人に集中できる |
反対への対応 | 説得を重ねる | 反対の理由を計画に反映する(繁忙期を避けるなど) |
会議での会話 | 「あの課長はどうですか」「難しいですね」 | 「様子見のままです。目標は9月に協力」 |
■ まとめ
プログラムのステークホルダーマップは、態度を動かすための道具です。名簿に3つの列——現在の態度、目標の態度と期限、接点の担当——を足すだけで、性格が変わります。
そして、いちばん効く打ち手は説得ではありません。反対の理由を、計画そのものに反映することです。相手が何を心配しているかを聞けていれば、たいていの場合、計画の側で手当てできます。