ステークホルダー一覧・関与度マップのテンプレート
プロジェクトの終盤になって「そんな話は聞いていない」と言われる。あるいは、声の大きい部署の要望ばかりが通ってしまう。どちらも、誰をどの濃さで巻き込むかを、最初に決めていないことが原因です。
このページでは、ステークホルダー一覧と関与度マップのテンプレート、記入例、運用のしかたをまとめます。記入例は、事例集の「みどり市役所(架空)の電子申請システム構築」に当てはめたものです。
■ この帳票が要る場面(背景・よくある課題)
関係者が3〜4人のプロジェクトなら、この表は要りません。必要になるのは、次のような状況です。
発注者が1つではない:自治体、複数部門をまたぐ社内システム、グループ会社横断の案件など
使う人と決める人が違う:現場が使い、本社が決める。両方を押さえないと、動くが使われないものができる
途中で止める力を持つ人が、日々は関わらない:役員、議会、監査、親会社など
こうした案件でよく起きる困りごとは、だいたい次の3つに集約されます。
よくある困りごと | 本当の原因 |
|---|---|
終盤に「聞いていない」と言われる | 影響力はあるが関心が低い人に、定期的な報告をしていなかった |
声の大きい部署の要望ばかり通る | 関心の高さと影響度を混同し、関心が高い人=重要と扱ってしまった |
会議に呼ぶ人が多すぎて決まらない | 「念のため全員呼ぶ」を続けた結果、誰も責任を持たない会議になった |
■ このテンプレートの目的
目的は3つです。
関係者の抜け漏れをなくす:後から出てくる関係者は、たいてい影響力が大きい
巻き込み方の濃淡を、先に決めておく:全員を同じ濃さで扱うと、会議も報告も回らなくなる
誰がその人と接点を持つかを決める:担当が決まっていない関係者には、誰も連絡しません
逆に、このテンプレートでやろうとしないことも書いておきます。連絡先一覧を作ることではありません。メールアドレスや内線番号は別の場所で管理してください。この表が答えるのは「この人に、どう接するか」の1点です。
■ テンプレートの全体像
2つの部品でできています。片方だけでは機能しません。
部品 | 形式 | 役割 | 更新の頻度 |
|---|---|---|---|
① ステークホルダー一覧 | 表(1人1行) | 誰がいて、何を期待し、何を心配しているかを記録する | フェーズの切れ目ごと |
② 関与度マップ | 図(2×2のマトリクス) | 一覧の内容を1枚に並べ、巻き込み方の濃淡を目で見て確認する | ①を更新したとき |
③ 更新履歴 | 表(3行程度) | いつ、誰が、何を変えたか | 更新のたび |
①が中身、②が見取り図です。②だけを作って満足してしまう例をよく見ますが、「期待していること」「懸念していること」を文章で書くのは①の役割で、そこにいちばん価値があります。
■ 各項目の説明
列 | 何を書くか | 書き方のコツ |
|---|---|---|
ID | 通し番号(S-01、S-02…) | 人が代わっても番号は変えない。役職に対して番号を振る |
組織/役職 | 部署名と役職。個人名は必要なときだけ | 「情報政策課」ではなく「情報政策課 課長」。人ではなく役職で管理すると、異動に強い |
このプロジェクトでの立場 | なぜこの人が関係するのか | 「関係者だから」では不十分。「対象手続き14件の所管」のように具体的に |
影響度 | 大・中・小 | 判断の基準は「この人が反対したら、プロジェクトが止まるか」 |
関心度 | 高・中・低 | 判断の基準は「この人が、自分から状況を聞いてくるか」 |
期待していること | この人がプロジェクトに望むこと | 本人の言葉をそのまま書く。要約すると、後で意味が変わる |
懸念していること | この人が心配していること | ここが空欄の人は、まだきちんと話せていない人という目印になる |
関与の方針 | 4象限のどれか + 具体的な扱い | 「密に巻き込む」で止めず、「変更管理会議の常任メンバー」まで書く |
接点(頻度・手段・担当) | 誰が、どのくらいの頻度で、どうやって | 担当を決めないと、誰も連絡しません。ここは必ず個人名で |
9列ありますが、絶対に外せないのは影響度・関心度・関与の方針・接点の担当の4つです。残りは書ける範囲で構いません。逆にこの4つが空欄だと、ただの名簿になります。
■ 記入例:みどり市 電子申請システム構築
事例集の「追加要望で膨らんだ費用を、変更管理の作り直しで止めた事例」に出てくる案件に当てはめた例です。人口18万2,000人の市で、68手続きを電子化するプロジェクトでした。
ステークホルダー一覧(前半:立場と評価)
ID | 組織/役職 | このプロジェクトでの立場 | 影響度 | 関心度 |
|---|---|---|---|---|
S-01 | 市民課 課長 | 対象手続きのうち利用件数が最も多い部署 | 大 | 高 |
S-02 | 情報政策課 課長 | 発注元。予算と進行の責任者 | 大 | 高 |
S-03 | 保険年金課 課長 | 対象手続き14件の所管。制度改正の影響を受ける | 大 | 中 |
S-04 | 子育て支援課 係長 | 対象手続き9件の実務担当 | 中 | 高 |
S-05 | 総務部長 | 部長会の議長。予算の説明責任を負う | 大 | 低 |
S-06 | 支所(3か所)窓口担当 | 本庁と運用が異なる。日々の利用者 | 小 | 高 |
S-07 | 市民(利用者) | 実際にシステムを使う人 | 小 | 中 |
S-08 | 開発ベンダー PL | 構築の実行主体 | 大 | 高 |
S-09 | 住民記録システムの保守ベンダー | 連携先の改修を担当 | 中 | 低 |
S-10 | 議会(総務委員会) | 予算の議決権を持つ | 大 | 低 |
ステークホルダー一覧(後半:期待・懸念・方針)
ID | 期待していること | 懸念していること | 関与の方針 | 接点(頻度・手段・担当) |
|---|---|---|---|---|
S-01 | 窓口の待ち時間を減らしたい | 高齢の利用者が使えないのではないか | 密に巻き込む/変更管理会議の常任メンバー | 隔週・対面・PM |
S-02 | 限度額の範囲で確実に稼働させたい | 追加要望で予算が超過すること | 密に巻き込む/週次で判断を仰ぐ | 週1・定例会・PM |
S-03 | 制度改正への対応が漏れないこと | 繁忙期にテストを頼まれること | 密に巻き込む/変更管理会議に出席、テスト時期は事前調整 | 隔週・会議・業務リーダー |
S-04 | 添付書類の確認作業を楽にしたい | 現場の運用が変わりすぎること | 密に巻き込む/要件レビューに参加 | 月1・対面・業務リーダー |
S-05 | 議会で説明できる状態であること | 想定外の報告が突然上がってくること | 満足させておく/月次で結果を報告、判断時のみ相談 | 月1・資料・PM |
S-06 | 支所の手順が反映されること | 意見を聞いてもらえないこと | 情報を届ける/要件確認のヒアリングに参加、結果を通知 | 要所・訪問・業務担当 |
S-07 | 手続きが簡単になること | 使い方が分からないこと | 情報を届ける/公開前にモニター20名で試用 | 2回・アンケート・広報担当 |
S-08 | 仕様が早く確定すること | 口頭での依頼が増えること | 密に巻き込む/週次定例に出席、依頼はCR票で受付 | 週1・定例会・PM |
S-09 | 自社の作業範囲が明確なこと | 範囲外の追加作業を頼まれること | 様子を見る/連携仕様の確定会議にだけ参加 | 要所・会議・ベンダーPL |
S-10 | 予算内・期限内で完了すること | 限度額超過による補正予算の審議 | 満足させておく/限度額を超えない限り定例報告のみ | 年2回・資料・情報政策課 |
この表を眺めると、S-02とS-10の懸念が同じこと(予算超過)を指しているのが分かります。発注元の課長が気にしているのは、上(議会)に説明できなくなることです。こういう懸念のつながりは、一覧にして並べないと見えません。
■ 関与度マップの描き方
一覧ができたら、影響度を縦軸、関心度を横軸にとって配置します。

4つの箱それぞれに、決まった扱い方があります。
位置 | 方針 | 具体的にやること | 人数の目安 |
|---|---|---|---|
右上(影響度 大 × 関心度 高) | 密に巻き込む | 意思決定の場に入ってもらう。会議体の常任メンバーにする | 5〜7名まで |
左上(影響度 大 × 関心度 低) | 満足させておく | 結果を定期的に報告する。判断が要るときだけ相談する | 制限なし |
右下(影響度 小 × 関心度 高) | 情報を届ける | 意見を聞く場を設け、決まった結果を必ず通知する | 制限なし |
左下(影響度 小 × 関心度 低) | 様子を見る | 連絡は最小限。状況が変わったら再評価する | 制限なし |
右上だけ人数の目安があるのは、ここに入れた人は全員を会議に呼ぶことになるからです。8名を超えると、会議の場で意思決定ができなくなります。多すぎると感じたら、影響度の判定をやり直してください。「反対したら本当に止まるのか」をもう一度考えると、たいてい何人かは左上か右下に移ります。
もう1つ、右下を軽く見ないことです。影響度は小さくても、毎日使う人たちです。ここを放っておくと、動くけれど使われないシステムができます。意見を聞く場を作り、採否にかかわらず結果を必ず返すのがコツです。返さないと、次から意見が出てこなくなります。
■ 運用ルール
作るのは要件定義の着手前。遅くともキックオフの2週間前までに。キックオフに誰を呼ぶかが、この表で決まります
見直しは、フェーズの切れ目と、体制が変わったとき。最低でも3か月に1回。人事異動の時期は必ず見直します
「懸念していること」が空欄の人は、まだ話せていない人。埋まるまで、その人の関与度の判定は「暫定」としておきます
影響度・関心度を変えたら、関与の方針も必ず見直す。位置が変われば扱い方も変わります
右上は5〜7名まで。超えたら、影響度の判定をやり直します
マップは印刷してプロジェクトルームに貼る。ファイルの中にあると見られません
6つのうち、守られないことが多いのは2番目です。「作って終わり」になる帳票の代表格がこれです。対策として、フェーズ完了のチェックリストに「ステークホルダー一覧の見直し」を1行入れておくことをおすすめします。
■ 活用シーン
場面 | この表のどこを見るか | 何が決まるか |
|---|---|---|
キックオフの準備 | 関与度マップの右上と左上 | 誰を呼ぶか。右上は出席必須、左上は資料送付 |
要件定義のヒアリング計画 | 右上と右下のすべて | 誰に話を聞くか。右下を入れ忘れると現場の運用差が拾えない |
会議体の設計 | 右上 | 変更管理会議・意思決定会議の常任メンバー |
受入テストの参加依頼 | 右上と右下 | 誰に何日、参加してもらうか |
稼働前の告知計画 | 全員 | 誰に、いつ、どの手段で伝えるか |
トラブルが起きたとき | 左上(影響度が大きい人) | 誰に先に伝えるか。ここを間違えると信用を失う |
最後の行が、実は最も使われる場面です。障害や遅延が起きたとき、「誰に先に伝えるか」を事前に決めておくと、現場が落ち着きます。順番を間違えて後から聞いた人は、内容よりも「なぜ自分が後だったのか」を問題にします。
■ よくある失敗と直し方
失敗 | 何が起きるか | 直し方 |
|---|---|---|
連絡先一覧になってしまう | 名前と部署と内線番号が並ぶだけで、使われない | 影響度・関心度・関与の方針・接点の担当の4列を必ず埋める |
全員を「密に巻き込む」にする | 会議の出席者が15名を超え、その場で何も決まらなくなる | 右上を5〜7名に絞る。判定は「反対したら止まるか」だけで行う |
関心が高い人を、影響度も大と判定する | 声の大きい人の要望が優先され、本当に重要な部署が後回しになる | 2軸を別々に判定する。1人で判定せず、2人以上で突き合わせる |
組織名だけで、個人が特定できない | 「情報政策課に確認します」と言ったまま、誰も確認しない | 役職まで書く。接点の担当は必ず個人名にする |
懸念を書かない | 反対される理由が見えないまま進み、終盤でひっくり返る | 空欄を「話せていない人」の目印として使う |
作った後、更新しない | 異動で顔ぶれが変わり、半年後には使えない表になる | フェーズ完了チェックリストに見直しの行を入れる |
■ 導入効果
事例集のみどり市の案件では、実はこの表を着手時に作っていませんでした。後から整理してみると、作っていた場合に防げたであろうことが3つあります。
実際に起きたこと | この表があった場合 |
|---|---|
支所3か所の運用差が、基本設計に入った11月まで表に出なかった | S-06を「情報を届ける」に置き、要件確認のヒアリング対象に入れていれば、要件定義中に出ていた可能性が高い |
変更管理会議の常任メンバーを決めたのが翌年2月だった | 右上の4名(市民課長・情報政策課長・保険年金課長・ベンダーPL)を着手時に確定できた |
総務部長から突発的に説明を求められることがあった | 「月1・資料・PM」と決めておけば、定期報告の中で吸収できた |
一般的な効果としては、次のように整理できます。
項目 | この表がない場合 | この表がある場合 |
|---|---|---|
要件ヒアリングの対象 | 声の大きい部署に偏る | 影響度が大きい部署を漏らさない |
会議体のメンバー | 案件が動き出してから都度調整 | 着手時に確定し、判定が1回で終わる |
報告の頻度 | 聞かれたら答える(受け身) | 相手ごとに決まっている(こちらから) |
「聞いていない」の発生 | 終盤に出て、手戻りになる | 左上への定期報告で事前に防げる |
作成にかかる手間 | ― | 初回で半日〜1日、見直しは1回30分程度 |
初回の作成に半日かかるのは、関係者に会って「期待していること」「懸念していること」を聞いて回るからです。この聞いて回る時間そのものが、この帳票のいちばんの価値だと考えています。表を埋めることが目的ではなく、埋めるために話すことが目的です。