見積り手法の種類と使い分け
見積りでPMが本当に困るのは、数字の精度ではありません。構想段階で口にした概算が、いつの間にか約束として扱われていることのほうです。
見積りには、段階ごとに出せる精度の限界があります。その限界を相手と共有できているかどうかが、後の揉め方を決めます。
■ 見積りの精度は段階で決まる

この考え方は「見積りの円錐(Cone of Uncertainty)」と呼ばれます。構想段階では、そもそも作るものが決まっていないため、どれだけ丁寧に計算しても幅は大きく残ります。
重要なのは、これが見積る人の力量の問題ではないという点です。情報が足りないから幅が出る。だから幅を付けて伝えることが誠実な見積りになります。「およそ3,000万円」ではなく「2,000万〜5,000万円、要件定義後に±25%まで絞れます」と伝えるほうが、相手にとっても判断しやすくなります。
■ 4つの手法
それぞれ得意な段階が違います。
類推見積り:過去の似た案件との比較で出す。数時間で出せるが、前提が違えば大きく外れる。過去案件の規模・体制・技術がどれだけ近いかで精度が決まる
係数見積り:規模の指標(画面数、帳票数、テーブル数など)に単価を掛ける。根拠を説明しやすく、交渉の場で使いやすい。ファンクションポイント法もこの系統
三点見積り:楽観値・最可能値・悲観値の3つを聞き、期待値を計算する。(楽観+4×最可能+悲観)÷6 が広く使われる
ボトムアップ見積り:WBSの最小単位ごとに工数を積み上げる。最も精度が高いが、WBSが固まっていなければ使えない
実務では併用します。ボトムアップで積み上げた数字を、類推や係数で検算する。2つの方法で近い値が出れば、その見積りは信頼できます。大きく食い違うなら、どこかに見落としがあります。
■ 三点見積りの本当の効用
三点見積りの価値は、計算式よりも聞き方にあります。
「この作業、何日かかりますか」と聞くと、多くの人は最短でも最長でもない曖昧な数字を答えます。しかし「うまくいけば何日ですか」「うまくいかなかったら最悪何日ですか」と分けて聞くと、悲観値を答える過程で必ず理由が出てきます。「他社の回答待ちが入ると読めない」「あの機能は前例がない」。
この理由こそが、リスクの洗い出しそのものです。見積りとリスク管理は、本来ひと続きの作業になります。
■ 工数と期間を分けて考える
見積りで頻繁に起きる混乱が、この2つの取り違えです。
工数:作業に必要な延べ時間(人日・人月)
期間:実際にかかる日数(カレンダー上の長さ)
10人日の作業は、1人なら10日、2人なら5日 ―― とは限りません。分担できない作業は人を増やしても縮まず、引き継ぎや調整が増えるぶん、むしろ延びることもあります。見積書に人月だけが書かれていると、この違いが見えなくなります。
あわせて、稼働率も現実に合わせます。1人月を20日として計算しても、会議、レビュー、問い合わせ対応、他案件の掛け持ちがあれば、実際に手が動くのは7割程度です。100%稼働を前提にした計画は、最初から破綻しています。
■ バッファの持たせ方
見積りに余裕を持たせるのは当然ですが、持たせ方には良し悪しがあります。
悪い持たせ方:各作業にこっそり上乗せする。担当者は「まだ余裕がある」と着手を遅らせ(学生症候群)、確保した余裕を使い切ります(パーキンソンの法則)
良い持たせ方:各作業は現実的な値で見積もり、余裕はプロジェクト全体の後ろに集約する。どれだけ使ったかが見えるため、管理できる
集約したバッファは、誰のものでもない共有資源として扱います。使うときは記録を残す。こうしておくと、バッファの消費ペースそのものが、プロジェクトの健全性を示す指標になります。
■ 見積りを守るための伝え方
最後は数字ではなく、伝え方の話です。
前提条件を必ず添える:「この人数が確保できる場合」「外部連携の仕様が○月までに確定する場合」。前提が崩れたときに再見積りする根拠になります
除外事項を書く:見積りに含んでいない作業を明示する
幅と段階を示す:いつの時点で、どこまで精度が上がるかを伝える
言い切らない勇気を持つ:情報が足りない段階で確定値を求められたら、「今はこの幅でしか出せません」と言うほうが、後の信頼を守ります
■ チェックリスト
段階に応じた手法を選んでいるか
2つ以上の方法で検算したか
工数と期間を分けて示しているか
稼働率を現実的な値で計算しているか
バッファを各作業に埋め込んでいないか
前提条件と除外事項を書いたか
見積りは予言ではありません。現時点の情報で出せる最善の推定であり、情報が増えれば更新されるべきものです。その性質を相手と共有できていれば、数字が動いたときに「見積りが甘かった」ではなく「前提が変わった」という会話ができます。